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朝鮮学校襲撃事件をめぐる雑感 [日本・現代社会]

1月22日の正午過ぎ、神戸朝鮮高級学校に男が侵入し鉄の棒で暴力を振るうという、きわめて悪質な襲撃事件が起きました。
http://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/201401/0006654614.shtml
http://mainichi.jp/select/news/20140123k0000m040028000c.html

私にとって何よりも衝撃なのは、この重大な事件について、マスメディアがほとんどまともに報道していないことです。

仮に、外国の日本人学校で同じような事件が起きたならば、日本の全ての新聞・テレビは必ずやトップニュースで扱い、直ちに世論が沸騰することでしょう。ところが、自国で起きたこの事件に対しては口を閉ざしてしまう。これはいったいどうしたことでしょうか?

人種・民族差別に基づく悪質な言動や行動が公然となされることが、最近の日本社会で目立って増えています。確かに多くの人びとはそれに眉をひそめますが、しかしどこか他人事のように考えていないでしょうか?そうした民族的憎悪の言動や行いを嫌悪しつつも、しかし何となく黙認してしまうような空気が、今の日本に生まれていないでしょうか?

私はほぼ半年おきに日本に一時帰国しますが、そのたびに、日本のマスメディアとそれを取り巻く社会の雰囲気の微妙な、しかし深刻な変質・劣化を感じます。

沖縄の名護市長選で辺野古移設反対を訴える現職が再選した翌日、NHKの夜9時のニュースは、ソチ五輪に出場予定の日本選手たちの動静といった、何の緊急性もない「明るい話題」を長々とふりまき、ようやく市長選や普天間移設問題に触れたのは9時半を過ぎてからでした。こうした奇怪な風景に、日本社会の異変を感じるのは私だけでしょうか?

戦後民主主義の変質は80年代の中曽根政権時代からと思いますが、社会一般の精神構造の保守化が、90年代の長期不況突入以後、緩急や曲折を経ながら着実に進行したことは確かでしょう。とりわけ99年の国旗国歌法や周辺事態法の制定のあと、小泉政権のもとで国家主義・軍事大国化が新自由主義(市場原理主義)と手を取り合って進みました。が、社会心理的な面で凧の糸が切れたのはやはり311後ではないでしょうか。「国難」を乗り越えるために人権を犠牲にするのもやむを得ない、といった危険な言説が公然と語られるようになっています。

今日と同じく平穏な明日が来ると、多くの人は信じている、いや信じたがっていることでしょう。確かに今日の晴れ上がったこの街角は、今までと変わらない風景に見える。しかし、目に見えないところで何かが決定的に変わってしまったのではないか?はた目には今までと変わらず美しい四季がめぐっているかのような福島周辺の広大な山野が、実は目に見えない放射能によってもはや回復不能に侵されているのと同じように。

日本社会を怪しげな黒雲が覆いつつあることを、多くの人は実はどこか肌で感じているのではないでしょうか。しかし、そうした不吉な感覚は思い過ごしであってほしい。「明るい話題」で気を紛らし、そらやっぱり今日は昨日と同じだと確認したい。同じような平穏な明日が来ると信じたい。そのように思いこまなければ、生活も仕事も手につかなくなってしまう。

しかし、朝鮮学校襲撃事件に対するマスメディアの不気味な沈黙をみて、やはりこの社会は決定的に変わってしまったのだと、改めて痛感させられました。私たちはこの不愉快な事実を認めねばなりません。真剣に考え、行動せねばなりません。さもなければ、悪夢はやがて現実となることでしょう。
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長春だより

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