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元旦の長春 [中国東北・雑記]

零下22度まで冷え込んだ元旦の長春。清冽な大気で鬱屈した気分を一新しようと、完全結氷した伊通河の上を歩きました。吹きすさぶ寒風が容赦なく、露出した顔の皮膚を刺します。
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満州語のyitu ula(波濤逆巻く大河の意)に由来する伊通河。この流れを下れば、やがて松花江に合流してハルビン、ジャムスを経、さらにロシア国境でアムール川に合し、ハバロフスク地方のオホーツク海へと注ぎます。東北大平原からシベリア、ロシア極東へと続く氷雪の道。

凍てつく大地を覆うこの猛烈な寒気は、遠く海を越えて、今ちょうど日本列島の各地に大雪をもたらしているとのこと。ささいな人為的国境など、大自然は軽々と越えてゆきます。

中国では旧暦の旧正月(春節)が盛大に祝われるため、それに比べると新暦の元旦は静かな祝日です。休みはふつう元旦の一日のみですが、今年は1月2日(金)と1月4日(日)を入れ替え、3日(土)をあわせて三連休が設定されています。寒空の下、行商人たちは今日も稼ぎに精を出しています。

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冬の風物詩ビンタンフールー(冰糖葫蘆)売りと焼き芋屋

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乾物売り。がちがちに凍った柿も並んでいます。

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魚売り。外気は天然の冷凍庫。日本では見慣れない湖水の魚が多いです。

来たる2015年があらゆる民衆にとって希望に満ちた年となることを、心から願います。

収穫の秋、「霧霾」の秋 [中国東北・雑記]

収穫の秋、食欲の秋。とれたてのとうもろこしやさつまいもを焼いたり蒸かしたりする煙や湯気が、長春の街角のあちこちで見られる。リアカーに山と積まれたざくろやみかんの行商を見るたびに食欲をそそられ、つい手を伸ばしてしまう。
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だがちょうどこの時期、とんでもない霧霾(スモッグ)が華北や東北に出現するようになってしまった。五日前、長春市内はひどいスモッグに襲われ、六段階の汚染度(優・良・軽度の汚染・中度の汚染・重度の汚染・深刻な汚染)のうち最悪の「深刻な汚染」となり、大気汚染指数が300を越え、中国全都市の中で最悪となってしまった。
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その後、雨と大風で空気中の汚染物質はいったん洗い流され、昨日の午後も「軽度の汚染」レベルだった。しかし夜になって十階の自室から外を見ると、いつもの眺めと様子が違う!街全体に煙のようなものが低く垂れこめ、街灯の明かりをうすぼんやりと不気味に乱反射している。ネットで大気汚染観測サイトをみると、現在の長春市内の汚染指数は450を超え、PM2.5は377μg/m³(日本での「不要不急の外出を避ける」暫定基準値は85μg/㎥)という「深刻な汚染」レベルに達し、中国全市の中でまたしても最悪数値となっている。

報道によれば、この時期の大気汚染の原因は気象条件のほか、多くの農民が収穫後のわらを燃やすことや、冬季入りの準備として石炭が焚かれ始めたことなどがあるという。しかし、それだけではここ数年汚染が急速にひどくなったことを説明できない。中国で深刻化する公害の背景には、経済活動が活発化する一方、環境コストを本来負担すべき者(工場経営者、資本所有者など)が負担せず、環境悪化のつけを一般庶民に押し付けている、という構図がある。環境問題には明らかに階級問題が内包されているのだ。マイカーの所有者は車内で空気清浄器をフル回転させて大気汚染から自分を守る一方、その排ガスを直接吸わされるのは車を持たない一般庶民である。こういうからくりを市民たちは薄々気づいているからこそ、政府・支配層の無策に対する怒りは年々増幅する一方だ。

汚染が深刻なレベルの日も、マスクを着用する市民は少ない。それは大気汚染の害を知らないからではなくて、PM2.5にたいしてマスクがあまり役に立たないという無力感からだろう。私も昨年からマスクをするのをやめている。自衛策は外出を控えることだけだが、通勤者・労働者にとってはそんな悠長なことを言ってもいられず、皆黙々と歩いている。やり場のない怒りにため息をつきながら。

ロバの佇む街角 [中国東北・雑記]

近郊の農村から農作物を売りに来たロバ車。長春の市街地で今もしばしば見られる光景だ。農村から長春にやってくる行商の主流はバイクに荷台を取り付けたオート三輪だが、一見能率が低そうなロバ車もまだまだ現役というのは、コスト面で何か理由があるのかもしれない。
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ちなみに、向かいに見える緑地は長春動植物公園。満洲国時代の1938年、満洲最初の動植物園としてオープンした「新京動植物園」がその由来だ。この動植物園も時代の荒波に翻弄され、悲劇を含むさまざまな歴史を負っている。その物語についてもいつか改めて紹介したい。

長春の街角――包丁研ぎ [中国東北・雑記]

よく晴れた日、長春の街角の一コマ。路上の包丁研ぎのおじいさん。すぐ近くの食堂が顧客なのでしょう。シャーッシャーッと耳に心地よい音が響き渡ります。

中国で一般に使われる包丁(菜刀)は、日本で中華包丁と呼ばれる、刃が幅広で四角くごついもので、骨付き肉を断ち切るのに便利です。
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上が日本から持参した包丁、下が菜刀(ステンレス)。

長春のタクシー運転手との会話 [中国東北・雑記]

つい先ほど乗ったタクシーでの会話。

運転手:「お客さんは土地の人ではないですよね。どこからいらっしゃいました?」

私:「外国人です。日本からきました。」

運:「ほう、そうですか!日本語なら少し勉強したことがありますよ。『コンバンハ』(日本語で)。」

私:「お上手ですね。どこで勉強なさいました?」

運:「自分で少し勉強しました。まだまだ下手ですが。」

私:「発音がとてもいいですね。なぜ日本語を?」

運:「特に理由はないですが。たまに日本のお客さんを乗せることもありますよ。」

私:「そうですか。」

運:「長春にきてどのくらいになりますか?」

私:「二年半ほどになります。」

運:「中国の印象はいかがですか?」

私:「人がとても親切ですね。もちろん中国も日本もそれぞれ長所と短所があります。二年半住んで、いろいろ見えてきます。」

運:「最近、中日関係があまりよくないですね。」

私:「確かに。お互いが長短を補い合えればよいのですが。」

運:「お仕事で長春にいらしているのですか?」

私:「はい。○○大学に勤務しています。」

運:「何を教えていますか?」

私:「東アジア、特に日本の近代史です。」

運:「そうですか!中国と日本とでは歴史観が違うでしょう。問題になりませんか?」

私:「確かに国家の歴史観には違いがありますね。しかし私は国家の歴史観を教えているのではなく、自分自身の歴史観を語っています。学生ともよく議論しますが、何の問題もありません。もちろん、私の歴史観は、安倍政権の極右的な歴史観とは全く違います。」

運:「ほう、そうですか。安倍政権は日本ではどうですか?」

私:「支持率は前より下がってきています。特に安倍政権の極右的歴史観については、支持する人は決して多くありません。」

運:「でも聞くところでは、日本の若者は日本がかつて中国で何をしたか、知らない人が増えているそうですね。歴史教科書も改竄されたと聞きますが。」

私:「確かに若者は近代史を知らない人が増えています。特に日本の中国侵略の歴史を知らない子が多いですね。それは私たち日本の大人の責任です。特に私は歴史研究者として、日本と中国との友好を深めるためにも、歴史の事実を伝えてゆかねばならないと思っています。」

運:「(うなずきながら)着きましたよ。『サヨウナラ』(日本語で)。」

私:「ありがとうございました。」

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(長春のタクシー。車体はほとんどがフォルクスワーゲン。初乗り6元(約100円))。

なお私は長春のタクシーで、運転手に聞かれて自分は日本人だと言ったことが数えきれないほどありますが、そのことで運転手や他の乗客(長春のタクシーは相乗りが多い)から何か不愉快な態度を取られたことは、一度もありません。

長春の街中をゆくロバ車 [中国東北・雑記]

街中をゆくロバ車。近郊の農村から物を売り買いにきた帰りでしょうか。長春では今でもロバが現役で、夏になると農作物を満載した荷車を引くロバをしばしば目にします。八車線の幹線道路をとぼとぼ歩くロバ車のすぐ横を、車がびゅんびゅんと通り過ぎてゆきます。道路の真下では、再来年に開通予定の地下鉄の工事が進んでいます。スマホを片手に闊歩する若者たちと、ロバを引く農民夫婦。急激な経済発展の中でさまざまなものが同時に並存している、中国社会の現状を象徴するような風景です。
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春、到来 [中国東北・雑記]

ここ長春でも20度前後まで気温の上がる日が続き、桜や桃が一斉に開花しました。長い冬も終わり、ようやく春本番です。
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日本の「桜前線」はまだ東北地方南部あたりらしいですね。津軽海峡を越えるのは来月はじめの予想とか。中国東北は冬は猛烈に寒いですが、春が来るのは比較的早く、あっという間に気温がぐんぐんと上昇してゆきます。

長春の韓国料理店と朝鮮族 [中国東北・雑記]

韓国料理店で石焼ビビンバを食べました。22元(約370円)。日本の韓国料理店の石焼ビビンバとは材料や味がやや異なります。近代史の複雑な経緯から、長春市内には多くの朝鮮族の人びとが暮らしており、朝鮮(韓国)料理屋や韓国食材店、雑貨店などが数多くあります。
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長春市内の朝鮮族は、少数民族としては満州族(15.3万人、2012年)に次ぐ人口(5.3万人)を擁しています。吉林省全体の朝鮮族人口は104万人で、うち80万人以上が豆満江(中国名・図們江)を境に北朝鮮と向かい合う延辺朝鮮族自治州に住んでいます。

朝鮮北部から中国東北部(満洲)への朝鮮人移民は、朝鮮の自然災害や飢饉をきっかけに1860・70年代から増え始め、19世紀末に清朝が満洲の封禁政策を撤廃したことで、多くの貧しい朝鮮人農民が豆満江・鴨緑江を越えて沿岸に定住しはじめました。満洲を横断する鉄道の敷設権をロシアが清国から得て建設が始まると、鉄道工事や沿線開発のために大量の朝鮮人移民労働者が雇用されてゆきます(鉄道などの利権は日露戦争後日本の手に落ちる)。

さらに1910年の日本による韓国併合後、圧政や貧困から逃れようとした朝鮮人移民が激増し、1932年日本の関東軍による「満洲国」建国後は植民政策による計画的な朝鮮人移住が推進され、1945年「満洲国」内の朝鮮人人口は216万を超えていました。

日本降伏・「満洲国」崩壊後、少なくない数の朝鮮人が帰国した一方、中国国境内に残った人びとは1949年中華人民共和国成立後に正式に中国国籍へと編入され、「中華民族」を構成する漢民族ほか55少数民族の一つとしての朝鮮族になったわけです。

現在長春市では、朝鮮族中学(日本の中学校と高校にあたる)と朝鮮族小学で民族教育が行われています。市内の寛城区にある朝鮮族小学は1922年の設立とされていますが、この場所はもともと「満鉄附属地」として、日露戦争の結果日本がロシアから権益を引き継ぎ「満洲国」建国前から日本が行政・司法・警察・軍事権を振るっていた地域です。現在の朝鮮族小学の敷地は、1945年以前は「日本橋公園」と呼ばれ、「満鉄創業館」が建っていた場所なのです。(なお満鉄創業館は1909年10月、伊藤博文がハルピン駅頭で暗殺される前日に宿泊した所としても有名です。)
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【写真は「満鉄創業館」】

その経緯と背景には日本帝国主義とからみあった複雑な歴史のあることが想像されます。最近購入した『中国朝鮮族移民史』(孫春日著、中華書局、2009年)を手始めに、この地域の入り組んだ民族の歴史についても少しずつ勉強したいと考えています。
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早春の綿菓子売り [中国東北・雑記]

長春の街角の綿菓子売り。氷点下を上回る日が続き、道端の根雪もだいぶ融けてきました。中国東北にも春がすぐそこまで来ています。
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査干湖の「冬捕」――前ゴルロス・モンゴル族自治県にて [中国東北・雑記]

東アジア史関係の会議に参加するため、吉林省と黒竜江省の境界にある前ゴルロス・モンゴル族自治県に行ってきました。同自治県の総人口58万人のうち、1割ほどがモンゴル族で、最大多数の漢族のほか、満州族、回族、朝鮮族、シベ族などの少数民族が暮らしています。

この地にはその昔、モンゴル系の契丹族が建てた遼国の拠点の一つとして1022年に塔虎城が築かれました。周囲5km以上に及ぶ城壁跡や、建築群跡などの遺跡が今も残っています。やがて付近の大草原はモンゴルの一支族ゴルロス部の故地となり、17世紀に入り女真(満洲)族の建てた清朝に服属して、ゴルロス前旗が設置されました。その後、中華民国・「満洲国」の時期を経て、現在は吉林省松原市に属する自治県となっています。

ゴルロスとはモンゴル語で川を意味します。その文字通り、県内には東北大平原を貫く大河として著名な松花江のほか、大小さまざまな湖沼が草原の中に点在し、水産資源が豊富です。うち最も大きな湖が査干湖で、今回はそのほとりの宿泊施設で会議が行われました。

査干湖は水面面積345平方km、琵琶湖の半分くらいの広さで、漁業資源の豊かな湖として有名です。とりわけ全面結氷する冬季、12月中旬から翌年の春節前まで、分厚い氷を破砕して行う伝統的な漁法「冬捕」は、中国の無形文化遺産に登録されています。この「冬捕」は、遼(10~12世紀)の皇帝が査干湖に行幸した際にも行われたことが史書に記されているほど、長い歴史をもっています。
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一昨日、全面結氷した査干湖の中央部まで車で走り、「冬捕」を見学してきました。水平線の彼方まで果てしなく氷雪の広がる湖の真ん中で、漁民たちは厚さ1~2メートルもある湖面の氷に一定の間隔で穴をうがち、長さ数百メートルの巨大な網を入れ、数頭の馬を動力にしたウインチで網を引き絞りながらゆっくりと引き揚げます。すると網の中から大小無数の魚が現れてぴちぴちと跳ね上がるのです。氷点下20度、魚たちは数分のうちに凍り付いてゆきます。極寒の風が吹き付けるなか、この神秘的な光景に、寒さも忘れてしばし見惚れました。

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会議の後の夜、鯉・レンギョ・コクレンなど査干湖のさまざまな魚料理をいただきました。大きい魚は70センチほどもあり、どれも臭みがなく、淡泊な味わいです。羊の丸焼きをつまみにコーリャン酒をしたたか飲まされ、その夜は前後不覚となりました・・・
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